やけど虫(アオバアリガタハネカクシ)が恐れられる最大の理由は、その体液に含まれる強力な毒成分「ペデリン(Pederin)」にあります。このペデリンは、他の昆虫が持つ毒(例えば蜂毒やムカデ毒)とは異なる特徴を持つ、非常に強力な化学物質です。ペデリンは、アオバアリガタハネカクシの体液、特に血リンパ中に高濃度で含まれています。興味深いことに、このペデリンは虫自身が合成しているのではなく、体内に共生する特定の細菌(シュードモナス属細菌)によって生産されていることが分かっています。つまり、やけど虫は細菌と共生関係を結び、その産物である毒を防御などに利用していると考えられています。ペデリンの毒性は非常に強く、その作用機序は「タンパク質合成阻害」にあります。ペデリンが皮膚細胞に接触すると、細胞内のリボソームという器官に作用し、タンパク質の合成を強力にブロックします。タンパク質は細胞が生きていく上で不可欠な物質であるため、その合成が阻害されると細胞は正常な機能を維持できなくなり、最終的には死に至ります。これが、ペデリンに触れた皮膚が炎症を起こし、水ぶくれを形成し、壊死(組織が死ぬこと)に近い状態になる理由です。少量でも非常に強い細胞毒性を示すため、ごくわずかな体液が付着しただけでも、激しい皮膚炎を引き起こすのです。やけど虫皮膚炎が、しばしば線状(線状皮膚炎)になるのは、虫を払いのけた際に、体液が線状に皮膚に塗り広げられるためです。ペデリンの毒性は非常に高く、例えばコブラ毒よりも強いとも言われています(ただし、作用機序や体内への入り方が異なるため単純比較はできません)。また、目に入った場合は、角膜や結膜に深刻なダメージを与え、失明に至る危険性もあります。幸いなことに、ペデリンは不安定な物質であり、加熱や紫外線によって分解されやすい性質も持っています。しかし、常温では安定しているため、衣服などに付着した場合は注意が必要です。このように、ペデリンは非常に強力な細胞毒であり、やけど虫との接触がいかに危険であるかを物語っています。この小さな虫が持つ強力な化学兵器の存在を知っておくことは、被害を防ぐ上で極めて重要です。