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ゴキブリが運ぶ見えない食中毒のリスク
飲食店におけるゴキブリの存在は、お客様に不快感を与えるだけでなく、もっと深刻な問題、すなわち食中毒のリスクを著しく高めるという事実を忘れてはなりません。ゴキブリは見た目が不潔なだけではなく、実際に様々な病原菌を体中にまとって店内を徘徊する、非常に危険な媒介者なのです。彼らの主な生息場所は、下水やゴミ捨て場、排水溝といった不衛生な環境です。そうした場所で、サルモネラ菌や赤痢菌、チフス菌、大腸菌といった食中毒の原因となる細菌やウイルスを、その脚や体に付着させます。そして、夜間、人の目が届かない時間帯に厨房内を自由に動き回り、まな板や包丁、食器、あるいは剥き出しで置かれている食材の上を歩き回るのです。その過程で、体中に付着させていた病原菌をあちこちにばら撒いていきます。さらに、彼らの排泄物や死骸もアレルギーの原因となるアレルゲンを含んでおり、これらが乾燥して空気中に舞い上がり、料理に混入する可能性も否定できません。問題なのは、これらの病原菌は目に見えないということです。一見きれいに見える食器や調理器具も、ゴキブリが通過した後では細菌に汚染されているかもしれません。スタッフがどれだけ丁寧に手洗いや消毒を行っても、侵入したゴキブリが汚染を広げてしまえば、衛生管理の努力は無に帰してしまいます。お客様に安全な食事を提供するという飲食店の責務は、絶対的なものです。ゴキブリ対策を徹底することは、店の評判を守るためだけでなく、こうした目に見えない食中毒のリスクからお客様の健康を守るための、最低限の義務であると認識する必要があります。一匹のゴキブリの背後には、数多くの病原菌が潜んでいるのです。
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厨房の床を走ったあの日の絶望を忘れない
私がこの飲食業界に足を踏み入れてまだ数ヶ月だった頃の出来事です。憧れのレストランで働き始めたばかりで、毎日が新鮮で、少しでも早く仕事を覚えようと必死でした。その日はランチタイムのピークが過ぎ、片付けをしながらディナーの準備を進めている、少しだけ落ち着きを取り戻した時間帯でした。先輩と談笑しながら床を掃いていた、その瞬間です。調理台の下から、黒く艶のある物体が素早く這い出してきました。ゴキブリです。それも、家庭ではまず見かけることのないような大きな個体でした。私の動きが止まったのを察した先輩が、何事かと視線を落とし、同じく絶句しました。その後の先輩の動きは迅速でした。静かに、しかし確実な足取りで殺虫スプレーを手に取り、一瞬の隙を突いて仕留めました。そして、何事もなかったかのように私に言いました。「見なかったことにしろ。そして、見つけたら静かに処理しろ。これがこの仕事の一部だ」と。私はその言葉にショックを受けました。憧れていた華やかな世界の裏側を垣間見た気がしたのです。その日から、私の厨房での視線は変わりました。食材や調理器具だけでなく、床の隅や壁の隙間、機材の裏側にも常に注意を払うようになりました。日々の清掃が、単なる美化作業ではなく、あの黒い侵入者との見えない戦争なのだと理解したのです。あの日の絶望感と、先輩の冷静な対応は今でも鮮明に覚えています。飲食店の衛生管理とは、お客様に見える部分を綺麗にすることだけではない。見えない場所で、いかに徹底した闘いを続けられるかにかかっているのだと、身をもって学んだ貴重な経験でした。